2025土佐センチュリーBコース
コロナの影響もあり、2019年を最後に、不参加だった土佐センチュリー。
それでいいのか、の自問自答はあった。
ただ、昨今の夏の暑さと、テレビが熱中症用心、熱中症用心と呪文のように唱えるので、つい足が遠のいていた。
2回、ご一緒した石◯君が、出ましょうと誘う。それもしつこく誘う。
彼に、こんなイベントがあるよと教え、その後、病みつきにさせてしまった張本人が私である。
彼に誘われると、弱い。
思案の末、今年は参加することにした。
練習不足と、加齢により、80キロのBコースでも完走の自信は持てなかったが。
それからというもの、自転車復活に向けて、特訓が始まった。
暑さに慣れるため、昼間の日差しも避けることなく走った。
大森トンネルまでのヒルクライムに耐えられるよう、高縄山にも登った。
貧脚は相変わらずだが、少しだけ尻周りが大きくなった。
さて、土佐センも温暖化対策か、ルールを変更してきた。
80キロ先の折り返し地点への到達が、3時間半以内でないと、その時点でライドを終了せよとのご達し。
要するに160キロのAコースで申し込んでいても、半分走ったところで、逆回りせず、トンネル超えて、出発点に戻れとなった。
遅い人は、熱中症のリスクが高くなるからとのこと。
ごもっともである。
これまでは、Aコース者は、折り返し地点で、続けるか、辞めるかの選択を迫られていたのだが、3時間半という制限が設けられたため、選択できる人の数が更に狭められた。
今までは、あまり時間のことを気にせず、参加できていたのだが、3時間半というタイムリミットが設定されてしまったのだ。
これは少なからず、走り方に影響を与える。
自分のペースで登坂をしていた者のペース。
チェックポイントでの休み時間の長さ。
普段の練習のヒルクライムのスピードへの意識、等々。
急に、土佐センが遠いところに行ってしまったような、一抹の寂しさ。
ま、いつまでも年寄りが愚痴っても仕方がないので、速く走れるように練習を積むしかないとあきらめろ。
そんなこんなの土佐センに、8月3日の日曜日、参加してきた。
ちなみに大森トンネルを目指す、国道194号線の道端に設置された気温計の表示は、午前10時前だというのに、34度であった。
郷之峰トンネルのへの緩やかな登り、恐れられる大森トンネルまでのヒルクライム、早明浦ダムに沿う緩やかな上り下り。無事こなして、Bコース終了。
予定通り、折り返し地点で、タイムオーバーを宣告され、続行を断念す。
正直ほっとした。
上出来な方かな。
いいイベントだとつくづく思う。
前にも書いているが、大人の夏休みだ。
山、川、雲、蝉、汗を一気に感じとることができる。
今年まだだった、ヒグラシ蝉の声も聴くことができた。(私はヒグラシ蝉の声がバックにあれば、ロングの缶ビール二本をつまみなしでも飲める自信があるほど、好きなのだ)
来年は、もう少し前から準備して、Aコースに行くか迷うくらいのレベルに達していたい。

皆生の夏が終わった(2022全日本トライアスロン皆生大会)
バイクコース、大山周囲の広域農道上、バイクスタートから57.07キロ地点、2時間38分40秒で私のレースは終わった。そこに居合わせた2名のマーシャルの方にリタイアを告げた。
木陰で足を伸ばし、後ろに手をついて休もうとするも、左大腿の痙攣は容赦なく襲い続ける。
少し、足の姿勢を変えると、今度は右足が攣り始める。
眼の前を行き来する選手たちは、ある者はあがきながら、ある者は涼しい顔して通り過ぎる。
マーシャルの方からいただいたOS-1を飲みながら、収容車が来るまで雑談を交わす。
同年代と思しき一人の方は、私と同じ2019年の皆生にも出場されたとのこと。
宮古にも出られたそうだが、皆生の山登りのハードさを嘆いておられた。
そして7月下旬のこの時期の暑さのことも。
今朝のことを思い出す。
車を皆生の指定の駐車場に止め、会場まで他の選手達と前後して歩いている時、選手同士の話が聞こえてきた。「スイム中止で、duathlonになったことは知ってるよね?」
えっ、そうだったのか。
私は瞬間、小躍りして喜んでいる自分を抑えるのに必死だった。
スイムを苦手とする私にとって、スイム中止は朗報以外のなにものでもなかった。
かなり練習は積んできたので、少し残念と思いながらも。
私の場合、完走できるかどうかは、スイムで完泳できるかにかかっているのだ。
おまけのような第一ランの何キロかをやり過ごしさえすれば、バイクと第二ランのみとなり、完走は手中に収められたと皮算用を始めている。
この時の甘い目算が、文頭の結果に直結してしまった。
私はduathlonというレースを経験したことがなく、第一ランをどのようなペースで走ったらいいかなど、全く知識がなかったのである。
同県からの知り合いの一人にも出会い、そのことについて聞けばよかったのに、雑談だけで通り過ぎてしまった。
第一ランの7キロは8時半スタートだが、日向はものすごく暑く、ずっと日陰で過ごし、スタート直前になって、ランで整列している選手の中に割り込ませてもらった。
一体どっちに向かって走り出すのかも判らないし、この位置が前の方か、後ろの方なのかなど判るわけがない。
まあ、走り出したら、周囲のペースに合わせて走ればなんとかなるんじゃないのと、全く戦術もなく、スタートの号砲に合わせて走り出したのである。
周囲はわりと速いペースのような気がしたが、付いていけないことはないので、そのままの流れに乗る。
走り出すと暑い暑い。
途中でガーミンを見る余裕がなかったが、1キロごとのタイムを知らせるので、最初のアラートで確認すると、5分ちょっと。
エッ、これは速すぎだろう。
暑さの影響も大きく、心拍数が140以上と上がりすぎている。
これはオーバーペースだから、抑えないといけない。
抑えよう、抑えようとするも、周りのペースから、脱落するのも悔しいのか、その後も同じようなペースのままで進んでしまい、最後、心拍数は練習でもほとんど目にすることのない160以上に達してゴールした。
こんなに速く走ってしまったことの反省もないまま、バイクラックに近づくと、周囲のバイクはまだほとんど残ったままであった。
これは、良い順位でレース展開できるかもと、急いでバイクにまたがり、この順位に付けている選手達に遅れを取らないよう、必死にペダルを漕ぎ続ける。
スピードはあまり気にしていないが、心拍数はここでも150以上をキープしている。
これはまずいんじゃないと思い、落とそうとするもなかなか140台で落ち着かない。
こんな調子で、バイクも故意に抑えることができぬまま、2時間ほどが経過する。
そして、最初の痙攣が長い上り坂に差し掛かったところで起きる。
少し休んで、走り始めると、どんどん坂はきつくなるが、ペースを落とせば、なんとか痙攣は免れて進めていた。
しかし、ここの広域農道はジェットコースターと称されるように、上り下りが嫌というほど繰り返される。

そして、上記の地点に近づいた頃、両足の痙攣が続け様に起きるようになってしまった。
止まった時にはリタイアは頭になかったが、じっと立っていても痙攣が続く様子からは、とてもこのまま走り続けるのは無理だなと思い始め、リタイア宣言まで大して時間はかからなかった。
そういえば、直前のマルトデキストリンの捕食時に嘔気が生じており、軽い熱中症、脱水が始まっていると自己判断した。
マラソンも含め、これまでのレース経験の中で初めてのリタイアであったが、なんとか原因を探っておかなくてはと、疎な脳であれやこれや考えているものの、行き着くところは、練習不足につきるような気がする。
ロングライドが情けないほどできていなかった。
第一ランで上げすぎたことはもちろん引き金になっているが。
これまでロングに4回出させてもらっているが、リタイアを意識したことはなかった。
したがって、私特有の慢心が心の何処かにあったかもしれない。
初のレースにあたっては、完走するためのあらゆることをやっておかないと気がすまないのだが、2度3度になるにしたがい、どこか準備に緊張感が薄れてきてしまう悪い癖があるのだ。
せっかくレースに出させていただいたのに、情けない話だがロングのための準備不足が結果に出たのだと反省している。
子供の頃、父親にテストで良い点数が取れたと報告すると、相好を崩しながらも、その都度「決して慢心するな」と諌められたことを、今になって思い出す。
親父は、いつかは改心すると期待して、何度も口酸っぱく説いてくれたのであろうが、根っこの性格は、本人が痛い目に遭ってすらも、なかなか変わらないものだと痛感し、多分また同じような事を繰り返すんだろうなと、いつまでも大人になれない自分が、逆に愛おしく思えたレース後のひと時であり、このブログを書いている。
2019土佐センチュリーライドA リベンジ果たす
(2019/8/4)
昨年、無念のBコースへの変更。
リベンジを期し参戦。
自信のほどは五分五分。
3週間前の皆生で140キロは走れたので、距離への不安はなかったが、土佐セン名物の暑さが大きく立ちはだかる。
台風で中止になるよりはましと、暑さは願ってもないとの気持ちで向かうことに。
昨年と同様、石〇君のハイエースに便乗し、現地に乗り込む。
彼は属しているグループでトレインを組む予定とのこと。
即座に私は単独行動を選択(とても付いて行けそうにないので)。
となれば、スタート順は早いほうがいいので、厚かましくも先頭に陣取る。
この時点では風なく、霧が立ち込め、日差しはない。

開会式が始まる頃、タイヤの空気の充填をし忘れていたことに気づく。
せっかく席取りするために寝かしていたバイクを大会本部まで運び、ポンプでよいしょよいしょ。
開会式ではこのイベントの創始者である高知県サイクリング協会理事長、山根博敏氏が4月に亡くなられたこと、そしてこのイベントをなんとしても継続するように申し述べられた旨の報告があった。
氏の熱い気持ちが伝わってくると同時に、本イベントの趣旨を十分理解した上で参加することが肝要と思われた。
エイドが無いとか、回収車は無いのかとか、そのようなことをお気にされる御仁には、今時至れり尽くせりのイベントが山ほどあるので、そちらに参加されるのがよろしかろう。
昨今では珍しい質実剛健のイベントである。
さてタイヤは勢いで後輪が8気圧くらいになってしまうも、ウェットでもないし、高くて具合の悪いこともなかろうと、そのままで行くことに。
戻ってみると、ちゃんとスペースが残っており、再度バイクを寝かす。
スタートの8時が近づいてきたので、先頭グループ全員が国道沿いに整列。
8時ジャストに号砲(笛だったか号砲だったか忘れた)。
スタート直後に速さにより3つのグループに分散。
何とか2つ目のグループの最後尾に付く。
いいペースだ。
心拍数も130台で推移している。
郷の峰まで付いていき、トンネル超えたら12キロのダウンヒルが待ちかまえる。
この辺りで水分、塩分、エネルギー補給を冷静に敢行。
土佐センでは、前半での過剰とも思える心配りが、最後まで走り切れるかどうかの決め手になる。
ダウンヒルが始まる。
「山、川、雲、蝉、汗」
最高のシチュエーション。
思わず声を張り上げる(周りに人がいないことを確認の上)。
ほどなく第一CPの633美の道の駅に到着。
日差しはあるものの、思ったほど暑くはない。
いい感じだ。
空になりかけたボトルにポカリかアクエリを充填、塩タブを投入し、次の登坂に備える。
さあ、大森トンネルまでのヒルクライムだ。
どんどん抜かれる、気持ちの良いくらいに。
が、気にしない。
マイペースで登るのみ。
登り口の気温の掲示は確か27度で思いがけず涼しい。
前回はここでハムに脚攣りが始まったが、大丈夫そうだ。
後半は脚にきかけたので、緩斜面でもダンシングを交え、トンネル到着。
トンネル手前の数少ないエイドで頭から冷水をかけてもらい、生き返る。
緩やかな上り下りを繰り返しながら、第二CPの木の香の道の駅に到着。
山からの水を頭から浴び、ポカリを再充填し、出発。
エネルギーはウェハース4本と粉飴300グラムを溶かしたボトルがあるので食事は不要。
最初は下りでいい調子だが、途中からは早明浦ダム湖に沿ううねりのある道となるのであなどれない。
が所々、木陰もあり、見上げる嶺北の山々、傍らの吉野川上流域の美しい流れ、「ミ-ンミ-ン」に時折混じる「カナカナカナ…」の声に癒されながら、何とか第三CP、上吉の川橋を渡った折り返し地点にたどり着く。
先着の石〇君にどうするか聞かれ、もちろん折り返す旨を告げ、そのあと大声で「4時半までにはたどり着きますよ。」と言った瞬間、腰掛けていた同年代の年配の方がニヤッと笑ってこちらを振り返る。
ここではBコースの方も、またAコースからBコースに変更される方も、いろいろ混在していたに違いなく、もっと配慮ある言動がとれなかったものかと後で思い返しては、つくづく赤面の至りである、情けない。
バナナとポカリをいただき、再出発。
この頃になると、気温は上昇し、いつもの灼熱の土佐センの風景に。
この区間ではサイクリング状態に陥ってしまう100キロを超えてくるので、正念場を迎える。
少し気が抜けかけた頃、4名のトレインが追い抜いたので、付いて行ってみる。
いい感じのペースだ。
トレインに付いているともちろん走行は楽になるし、前の方に合わせるのに気を遣い、他事を考えずに済むので、いつの間にか距離が稼げてしまう。
うまい具合に、三分の二くらいは来てしまった。
残念ながら、トレインの方がたは「小金の滝」で休憩されるようだったので、さすがにそこまでは付いて行けず、単独走に切り替えた。
そろそろ鬼門の100キロを超えてくる。
が、いつもの落ち込みはなく、心拍数も130以上を保てている。
とにかくここまで、オフィシャルのエイド以外では足を止めずに来られているではないか。
さすがに、わき水が蛇口から噴出しているところでは皆さんと同様足を止め、頭から水をかぶったが。
第四CPの木の香に到着。
ポカリを充填、頭から水、同じコトを繰り返し再出発。
大森トンネルまではほぼ平坦で淡々と、超えれば恐怖のダウンヒル。
スピードコントロールさえできていれば、どうと言うことはないが、一回だけややオーバースピードで入ってしまいヒヤッとした。
こんな所で落車などするわけにいかない、慎重にと言い聞かせながら、出せるところは出して進む。
最後のCP、633美の道の駅到着。
同じコトを繰り返し、さあ最後の郷の峰を目指す。
緩やかな12キロの登りだが、南中過ぎたお天道様が後頭部から頸部にかけてじりじりと照りつける。
ちょうど追い風なので走行にはありがたいが、速度と風が一致すると、周期的に熱波が襲う。
つらいが、ドMの境地か、あるいは熱中症で頭がおかしくなりかけていたのかわからないが、郷の峰手前のこの苦行なくして、なんの土佐センぞ、などと訳のわからないことを思いながら、ついにトンネル手前まで到着。
もうここまでくれば要らなくなったエネルギーのボトルは空にし、最後のダウンヒルに臨む。
徐々にゴールの道の駅土佐さめうらが近づいてくる。
脚攣り祭りで無念のBコース変更から一年。
この日のためにと言うほど、特別なことをしてきたわけではないが、土佐センはずっと頭から離れずに自転車と向き合ってきた。
これをしたら完走につながるかもというのは、常にあったように思う。
ああ、今それを手にしようとしている。
最後平地になっても、緩めること無く、ペダルを踏み続ける自分がいた。
《記録》Aコース完走 7時間42分
最高気温33.5度(本山町)

2018土佐センチュリーライド Bコースに変更
楽しみにしてきた2018土佐せん。
結果は残念ながら、Bコースに変更し、90キロで終わった。
高度は1000mとちよっと。

準備不足もあったが、やはり今年の酷暑が最大の要因であったと思う。
私と連れの石○君は2番手に陣取り、8時2分に出発した。
4名のお揃いジャージの方と4名のその他に私と石○君が混じってトレイン形成。
お揃いのジャージの方が先頭を引かれ、案外ゆっくりなペースで入られ、アップには丁度良いくらい。
前回の失敗を繰り返さないように序盤はゆっくりのペースではいる予定だったので、うまく事が運んでいるように見えた。
そのうち我慢できなくなった石○君が飛びだし、そのまま視界から消えていく。
郷の峰まで何とか着いて行けた。
ここからは下りで飛ばすかどうかなので、トレインがばらける。
ここのダウンヒルがこの大会の一番楽しい区間なので、ペースを無視してやや飛ばし気味になる。
Mavicのdeep rimが威力を発揮し、ペダルを止めても、回している方より前に出てしまう。
パワメが無いので、心拍計147をリミットにしてgarminにアラートをお願いしていたが、下りというのにたやすく超えてしまう。
いかんいかんと思いながら、人に追い越されるとつい、付いて行ってしまう。
ただ妙に心拍数が高いのは何故⁈
56分で633美の里に到着す。
順調、不安はない。
殆ど休憩なしでスタート。
しばらく川沿いを走ったあと、500m高のヒルクライムが始まる。
その頃、国道沿いに備わった気温の表示板は、すでに33度で、日差しを遮るような雲は全くない。
暑い。汗がすごい。
OS-1をこまめに飲む。
徐々に塩分摂取が心配になり、塩ピュアタブを直接口の中に放り込み、ドリンクで流す。
しかし、このあたりから何となく左のハムがむずむず。
さらに心拍数の上がり方がいつもと違うことが明白に。
目一杯回していないのに、リミットの147は軽く超えてしまい、常時150台で時々160まで達してしまっている。
やむなくリミッター無視。
8-9%の斜度では、ダンシングを交える。
大森トンネル到着。
さあ緩やかな下りだ。
あせらず、飛ばさずに行こう。
暑いが、順調。
1時間半で木の香到着。
ところがスポーツ羊羹を食べようとして、いきなり吐き気が。
えっ、もう熱中症???
無理矢理食べて出発。
下り基調なので、単独ながら30キロ前後で飛ばす。
中間地点手前で、トレインが追い抜いたので、これ幸いと付こうとするが、すぐに切られる。
どうも様子がおかしい。
大川村の役場近くに自販機があったので、完全に休憩体制に入り、コーラを飲む。
走り始めると、ハムが交互にむずむずしだし、攣り始めるとビンデイングを外さないと目一杯攣りそうになる。
片足走行や、休憩を繰り返す。
何とか折り返し手前の上吉の川橋にたどり着くも、ハム攣り祭りで渡るどころじゃない。
橋の途中の全く陰のないところでも、止まるしかなかった。
熱中症か、もしかして。
終わったな。
ここより手前の時点で、調子不良に気づき始め、覚悟はしていたが。
橋を渡り、チェックポイントに着くや否や「Bコースに変更します!!」と宣言。
せっかくいただいたバナナも食べられそうになく、返却する始末。
攣る脚をだましだまし、トンネルを過ぎると、ゴールの早明浦の道の駅が迎えてくれた。
Bコースに変更してもいただける完走証と桂月ワンカップがありがたいが、なさけない。

この日、Aコースエントリー者のうち、かなりの方がBコースに変更した模様。
そんな中、石○君は初参加ながら見事7時間半以内にゴールし、正真正銘の完走証を手にした。
帰りの車の中で、暑さ対策のハッカ水や攣り対策のマグonなど、完走のためにやれることは全てしたとの彼の言に心打たれ、自らの気のゆるみを恥じた。
来年は気持ち良く完走証をいただけるようリベンジしたい。
一年間楽しみにしていた土佐セン、DNS(涙)
この日のために一年間とはちと言い過ぎですが、4月くらいから負荷3本ローラー、ロングライド、そして近くの公園入口でのヒルクライム10本コース(0.5kmで60mの標高差)。
昨年は8時間2分というふがいないタイムでも完走証をいただいてしまったので、今回はきっちり8時間以内での完走を目指していました。
ところが直前になって、台風5号が九州の南に。
当日は台風の直接の影響はまだとしても、遠巻きの雨雲が四国山脈にかかってくる予想。
ウェットは間違いないなと。
大森トンネルからの下りでウェットはちと怖い。
土佐センは真夏、かんかん照り、入道雲、蝉時雨をバックに自転車を走らせる大人の夏休みと勝手に思いこんでいただけに、萎えー。
最近の天気予報の正確さに従い、早々に金曜日の晩にDNSを決めました。
参加された皆様、運営関係者のかたがた、お疲れ様でした。
台風の影響は幸いそんなに大きくは無かったようですが、さぞや過酷なライドだったと思います。
来年、参加しますので、見捨てないでくださいね。
2017土佐センチュリーライド 嶺北・いの大会に参加します
今年も土佐センチュリーに出ることにしました。
四国の真ん中にある早明浦ダム(渇水の時、全国版のニュースで時々出るダムです)の周りを走ります。
どんな大会かと言うと、ドM5兄弟の大会です。
1:距離167キロ(これはセンチュリーだから普通ですが)
2:高度2571メートル
3:制限時間8時間
4:一年で一番暑そうな8月第一週の日曜日
5:エイドなし
去年参加した様子はこちらにあります。
大会要項に次のようなすばらしい一文が載っています。
「 サイクリングの本質に則って、主催者は一切のサービス供与をいたしません。すべて自己の判断、責任で行動してください。」
昨今、グルメライドとか有名人を呼ぶとか、サイクリング以外のおまけで集客しようとするイベントが目立つ中、このような質実剛健の大会にはこれからも末永く頑張って頂きたいと思っています。
なぜか関東の有名な自転車屋さんのなるしまフレンドの方も毎年わざわざ参加されている不思議な大会ではあります。
なんと言ってもありがたいのが、エントリー開始直後に定員いっぱいになってしまうようなことが無く、深夜にわざわざ起きてエントリー合戦しなくても済むところです。
私はこれまでロングのトライアスロンレースには2回しか参加できていませんが、いずれもバイクの後半タレてしまい、サイクリング状態になってしまっています。
何とか克服したいと思っているのですが、バイク単体の長い距離のイベントにも、積極的に参加しないといけないという思いも有り、去年参加しました。
やはり、100キロ、4時間あたりが限界だったようで、後半は速度も心拍数も見事に落ち込んでしまいました。
土佐センをちゃんと走りきれるように、今から2ヶ月間いろいろ工夫してみようと思っています。
2016 土佐センチュリーライド A 完走(後編)
1時間19分で第二CPの木の香に到着しました。
ここではポカリを販売していたので、空になったボトルに充填しました。
ポカリや水が飛ぶように売れていました。
ふと見ると、わき水を引いているような洗面台があったので、水ボトルに充填。
おかげで水は購入せずに済みました。
椅子に腰掛け、販売しているおにぎりなどを食べている方がいました。
私は用を足した後は、特にすることもないし、じっとしていても暑くなるので、10分くらいで出発しました。
最初は下り基調なので、まあまあ飛ばせました。
気が付くと6、7人のトレインが自然発生的に形成され、これはチャンスと振り落とされないよう、がんばって付いていきました。
スピード計をちらっと見ると、単独では絶対に出せない40キロなどという数値が表示されているようでした。
後で判ったのですが、このトレインは有名なブロガーの方(DA15さん)がマネージメントをかってでられていて、なんとその方のブログの画像に私の後ろ姿が写っていました。
DA15さんの許可をいただき、お借りした画像がこちらで、一番左で、半エアロヘルメットを被っています。

しかし、このコースの3分の2ほどを行ったあたりで、小さなアップダウンに付いていけなくなり、一人旅に戻りました。
が、しばらくすると、背後に人の気配がし、しっかりはよう振り返りませんが、折り返しまでぴったり付いてこられていたようでした。
私でも人のお役に立てるのかと感慨深いものがありました。
ダム湖の橋を渡ると、第三CPの折り返しに到着です。
所用時間3時間20分そこそこでした。
これは予想外に上出来でしたが、完走の確信はまだ持てませんでした。
ここの休憩所では折り返す方と、トンネルに向かって終了する方が混在しており、生半可な気持ちで声をかけると血を見るかもしれないと思い、黙して語らずで通しました。
私自身もトンネルを越えれば、解放されるという誘惑が、一瞬脳裏をかすめましたが、何しにここへ来たのかと自問自答し、なんとか振り払いました。
このように思ったのは、すでに体調不良がこのあたりから、始まっていたからかもしれません。
来た道をから元気で走り始めましたが、しばらくすると軽度の頭痛と、吐き気が始まりました。
熱中症が怖かったのですが、頭痛がひどくなることはなく、それではなかったようです。
吐き気が止まらず、水分、エネルギーの摂取ができなくなりました。
まずいなあと思うと同時に、スピードも上がらなくなり、完全にサイクリング状態に陥っていました。
折り返しのこの区間では、降りて休むことをし始め、その回数たるや5回を超え、時間も徐々に長くなってしまいました。
往路55分のこのコースの復路はなんと1時間45分もかかって、やっと第四CPの木の香までたどり着きました。
何とか体調が戻らないかと、テントの下で15分ほど休んでみました。
隣でソフトクリームを食べている方がいましたが、まだ吐き気の続いていた私にはエネルギー補給は無理で、そこに準備されていたお茶を飲んだような気がするのですが、水だったようにも思えるし、何も無かったのかもしれません。
いつまでも休憩しているわけにもいかないので、第五区間に向かってよっこらしょっと走り出しました。
ほぼ平坦なコースのおかげか、何とかエネルギーを摂れるまで回復し、それでもサイクリングペースでしたが、乗り切ることができました。
最後のCPとなる633美の里には、すでにサイクリストはまばらで、最後尾付近にいるのだということが自ずとわかりました。
自販機に近寄ると、スポドリはすでに売り切れサインが点灯しており、ああぁ、これが一年前のあのくだりだと、自ら経験できたことに、少しうれしく、また誇りに思ったりするのでした。
水を買ったつもりが、間違ってサイダーのようなものが出てきてしまい、仕方なしにこの中に藻塩を投入し、最後のコースに備えました。
走り始めると、いきなりの上りが始まり、と同時に、南中過ぎた真夏の太陽が首筋から背中を容赦なく照りつけます。
2度ほど、足を着きながら、ヨレヨレ走行で、郷の峰トンネル手前の給水所までたどり着きました。
水かけましょうかのお言葉に、一瞬躊躇したものの、やっぱりお願いしますとかけて頂いた水のありがたかったこと。
生き返りました。
後は一気に下りさえすれば、ゴールが待っています。
この時ばかりはと、今日一日の苦行の何もかも忘れ、ひたすらペダルを踏み続けたのでした。
土佐セン……
苦し楽し……
また来年……

2016年8月7日、日曜日、8時スタート
晴れ、時々曇り、最高気温33度
移動時間6時間50分、平均速度24.5キロ、経過時間8時間2分(制限時間超えてても、完走証くださいました)